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トルコのイスタンブール旅行のとき親日ぶりを体感! [日本人とトルコ人]

数年前、イスタンブールに旅行に行ったときの話。

ファティフと呼ばれる地域のメイン通りを歩いていたら、
誰かが俺の肩をトントンと叩いた。

なんだろうと振り返ってみると、日本人のおばあちゃん並みに
背が低いトルコ人おばあちゃんがニコニコしていて、

「ファティフジャーミイ」とすぐそこにあるモスクを指差して言った。
(ジャーミイはモスクのことね)

「ファティフ?」って聞き返したら、にっこり笑ってまた「ファティフ」と言った。

ここ見ていくといいよ、ってな感じで教えてくれたんだと思う。

お礼を言おうとしたんだけど、友達が急に話しかけてきたから、
友達と少しやり取りして、
おばあちゃんの方を振り返ったら、もうすでにいなかった。。。

お礼を言えなかったことが今でも非常に悔やまれるよ。。。。。


その後、ばあちゃんの助言に従って、ファティフジャーミイを見に行った。

中に入ったら、なにやら牧師?が説教してたんで、
入り口付近で友達と正座して見学してた。

しばらく見学してたら、モスクの管理人だかよくわからないけど、
トルコ人の中年くらいの人が入ってきて、俺のそばに静かに立った。

俺は何するんだろうと、ちょっと見てたら、天井の方を指さして
なんかジェスチャーしてた。

なんのことだろうと思ってたら、
円状に吊るされた電球をちょっとずつ付け始めた。

なんかキレイでボーっとそのトルコ人を見てたら、
もっと電球いっぱいつけるよと
ニコニコしながらジェスチャーで教えてくれた。

その後、電球をつけるたびに、
大げさなジェスチャーでおどけながらつけていった。

俺も友達もなんかおかしくて、「フフフフ」(気持ち悪い話だが)
忍び笑いしてた。

しばらくしたら、お祈りに来た近所の連中がたくさん入ってきたんで、
退散することにした。

その際、例のトルコ人に、つい日本人の癖で会釈してしまった。

ありがとう的な意味でしたんだけど、なんか戸惑ってた。
握手とかの方が良かったんかな。。


イスタンブールでは、有名な観光エリア以外は

市街地歩いてると「日本人だ」とか言われるし、
「日本から来たのか?」とか聞かれる。

道端に立ってた、ちっちゃいかわいい子供と母親に手を振ると
ニコニコされるし、

ただ単に売店で水を買うだけなのに、なにやらうれしそうに対応された。

道端で茶を飲んでるあんちゃんには、ようこそトルコへみたいなこと言われるし、

タクシム広場付近では、うるさいティッシュ売りの少年に付けまわされた。

もっとも、売りつけようって感じじゃ無くて、日本人?日本人?って。
とはいえ、これは微妙だが…


イスタンブール空港の免税店では、トルコ人の店員に友達が

「アナタハ トルコジンデスカ?」とか言われるしw
(確かに友達の親は北海道出身でアイヌ人のように、ほりが深い)

色々と日本人だと(たいてい良い意味で)注目されて面白かったです。


帰りの飛行機のJALの女性社員も、
「トルコは旅行しやすいでしょ?」と言っていたしね。

あと、今思い出したけど、

トルコ料理の食堂に初めて入ったとき、デジカメで写真とってたら、
店員が、すげー何このカメラ!って感じで覗いてたんで、

撮ってあげようか?とジェスチャーしたら、ニコニコしてたな。

いいねトルコ。いい正月でした。




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トルコ人が日本人旅行客に、美術館の行列に割り込まれた結果 [日本人とトルコ人]

かなり昔、トルコに旅行に行った時の話。

俺はトルコ人の子供にエセ空手を見せたことがある。

少し長めの石を拳で割るのだが、実はコンクリートの上で叩く間、
少しだけ石を浮かすような感じで持ち上げ気味にすると
(コツがいるんだが)、あっけなく割れるもんなんだ。

小学校の頃、川原でよく遊んだもんだ。

そしたら、これが大うけ。

ヤバイ位に子供が集まってきて、そのうち髭面の親父衆まで出てきちゃって
もうちょっとしたショーと化した。

小さな町だったが、その夜は色んな人にご馳走になり、何だか色々もらったよ。

もう20年も前の話だ。

あの少年達ももう30前後。
覚えてるかなぁ。

>>
多分いたるところで

「俺は日本のカラテマンに会った事があるんだぜ!あれは凄かった」
と言いまくっているであろう

>>
それに影響されて、子供たちが空手道に進んでたらおもしろいな

>>
トルコで思い出したけど、いろんな国の人とランダムチャットできるサイトにて。

チャット相手(トルコ人)が中東を旅行中、日本人家族に出会った話を教えてくれた。

彼が美術館の入場列に並んでいたら、日本人家族が割り込むような感じで並んだらしい。
どうもその家族は彼の存在に気づいてなかった様子。

でもすぐにその家族は彼に気付いて、謝罪らしき日本語と、
おじぎをして、彼の後ろに並びなおしたらしい。


…いや、普通だろそれ。

と思ったが彼はすごいスピードで書きすすめ、
最後に「日本人は本当に礼儀正しいんだね!」と。

その出来事と、日本のアニメの話題の時は(他の話題に比べ)

書き込みの速度が速い速いw

別に顔を見て話をしたわけじゃないけど、なんか嬉しくなってしまった。

それとともに、自分が海外で馬鹿をやってしまったら
日本人全体が悪く見られるんだとしみじみ感じたよ。




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トルコ旅行で親日すぎて大フィーバーが起きた結果w [日本人とトルコ人]

大学の卒業旅行でトルコに行った。
ひと通り観光地も巡って満喫していた。

ある田舎町(名前も忘れた…)で昼食を摂り、町をブラブラしてたら
見るからにトルコ人のおっちゃんが後をついてくる。

うわヤベと思ってたら「ジャポネ?」
(日本人か?という意味だと思う)と聞かれた。

ビビりながら「エヴェット」(はい)と片言のトルコ語で答えたら
えらい早口のトルコ語でまくしたて走り去ってしまった。

なんか怖いし、気味が悪いと思いながらも歩いてたら、おじさんが戻ってきた。

今度こそヤバい? と思ったら…
後ろに女の人と子供が3人くらい居る。

「ジャポネ?」「ジャポネ!」「ジャポネジャポネ!」と

トーンダウンする私を尻目にはしゃぎまくるおじさんたち。

なんだろうと思ってると握手を求められた。

とりあえず握手をすると、子供たちがはしゃいで人の周りを走り出す。

どうも感激されているらしいと気付いて、
トルコ語の本を片手に必死にコミュニケーションを取る。

英語が通じるような地域じゃないし。


要約すると
「俺たち家族が初めて会った日本人だ!嬉しい!」
という意味らしい。

それで家族を呼んできたと。

するとまたおじさん走っていく。


トルコが親日国だというのは知ってたけど、まさかここまでとは思わなかった。

奥さんと話していると、
皆「日本はとても親切でお金持ちでいい国だ」という考えが染みついているらしい。

ある意味そのイメージのせいで、イスタンブールではカモ扱いでしたけど…。

でも田舎町だから今まで日本人には会えなかった。
一度は会ってみたいと思っていた。

だから日本人のあなたに会えて嬉しいと。

話してると、おじさん戻ってきた。


両手いっぱいに食べ物やら酒やら不思議な置物やら…。

明らかに家の物だろうに。

「初めての日本人の友達にプレゼントだ!」と強引に渡される。

持ちきれないよと、断っても笑顔で。


その後、日本語を少し教えて
(教えてくれ、周りの奴に広めるからと頼まれた)
お互いの名前を教え合った。

彼らは私がバスに乗るところまで見送ってくれて

(何故か「ジャポネ!」と叫ぶ子供の行列ができてた)

「さようなら、日本人の友達!」といつまでも手を振ってくれていた。

こんなに”私がただの日本人”というだけで
感激されたのは初めてだったので、旅して一番の感動になりました。

>>
トルコの親日の話は、和むと同時に、

彼らにその感情を植えつける事になった
先人たちの偉業に恥じない日本人にならねばと身が引き締まる。

詳しくは、エルトゥールル号でググッてみ。

>>
中東は親日国多いんだよね

私も2年前トルコに行った時、同じような経験したよ。

ジプシーの子供達が追いかけてきてうれしそうに触ってった。

トルコ人の友達によると何か違う人がいるよ!
って喜んでたらしい。

別の場所では大人も子供も日本人?
日本人なの??本当????うわーおい!!

みたいなはしゃぎっぷりで超恥ずかしかった。

じろじろ見られるけど、決して嫌みじゃなくて、
みんな好意と感嘆の眼差しで見てくるんだよ。

イスタンブールはまたちょっと違うけど、全体的にかなり親日だね。

片言の日本語喋る人も多い。
トルコ語の発音に似てるから言いやすいんだと思う。

間違っても中国人や韓国人?って聞かれない所を見ると、
日本人であって欲しいみたいな雰囲気が伝わってくる。


その後、行く先々で大フィーバーが起こるんでw

気を利かせた友達が
彼女はカザク(カザフスタン人)とかトルコ人だけど聾唖なのよw

って言ってくれたりしたけど、
その後の反応がふはぁーなーんだみたいな。

諦めきれない感じの目をしたおじさんと子供がちょっと可哀想だった。

いろんな所を旅行してるけど、こんな経験をしたのはトルコだけ。

>>
私もトルコ行ったとき同じような体験したよ。

やっぱりちょうど二年前。

イスタンブールのロータリーみたいなところで遠足かなんかっぽい
子供たちと一緒になったとき、

すごく興味シンシンでこっち見てるんで、ちょっと手を振ってみたら

わらわらわらってやってきて、
「どっからきたの? 日本人?わあー日本人だって!」
ってえらい人気者になったよ… 

イスタンは観光地化&欧米化しすぎて親日もなにもって感じだけど、
子供はわりとこんな感じだった。

>>
トルコの人たちが親日でいてくれる。
それは嬉しいこと。

しかし、かの国の人のように恩着せがましくてはいけない。

重要なのは過去の人がトルコの人に何をしたかではなく
今の自分たちが彼らに何をするのか、である。

何も肩肘張ることはない。

自分の出来る事をすればいいのだ。

取り敢えず、先ずは・・・

トルコアイスでも食べよう




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トルコが親日国となった海難事故で義援金を集めた人物 [日本人とトルコ人]

日本・トルコの架け橋となった国際ボランティアの先駆者である山田寅次郎。

トルコ・イスタンブールの観光名所トプカプ宮殿には
日本の鎧と兜、そして陣太刀が展示されています。

これは明治25年、山田寅次郎という人物が、オスマン帝国皇帝
アブドュル・ハミト二世に奉呈したものです。

1890年、和歌山県串本町沖で、トルコの軍艦エルトゥールルが
台風の影響で遭難。

500名以上の犠牲者を出すという事件がありました。


山田寅次郎もこの事件に衝撃を受けた日本人のひとり。

彼は日本国内で民間から
『エルトゥールル号事件の犠牲者の遺族に対する義捐金』を集めるキャンペーンを行い、

事件の翌々年に、集まった義捐金を携えて
自らオスマン帝国の首都・イスタンブールに渡りました。


山田が民間人ながら義捐金を持ってやってきたことが知られるや、
彼は熱烈な歓迎を受け、
皇帝アブデュルハミト2世に拝謁する機会にすら恵まれました。

このとき、皇帝の要請でトルコに留まることを決意した山田。

イスタンブールに貿易商店を開き、
トルコの若い士官たちに日本語や日本のことを教え、

政府の高官のイスタンブール訪問を手引きするなど、数々の活動を行いました。

まだ日本のトルコの国交関係が樹立されていなかったため、
彼はこの町でほとんど唯一の日本人長期滞在者でした。


彼が士官学校で教鞭をとった際、その教えを受けた生徒の中には、
後にトルコ共和国の初代大統領となった
「トルコ建国の父」ムスタファ・ケマルもいたとされます。

大正3年、第一次世界大戦が勃発。

オスマン帝国(トルコ)はドイツ側についたため、
イギリスと同盟国の日本とは間接的に敵対関係となりました。

そのため山田は日本に帰国することとなりました。

しかし、帰国後もエルトゥールル号遭難者の鎮魂碑の再建に努力し、
日土貿易協会の理事長を務め、両国の親交に尽力しました。





ちなみに、2015年12月公開の「海難1890」という映画では、
「エルトゥールル号海難事故」
「テヘラン邦人救出劇」がモデルになっています。

この映画の企画時、トルコには
「合作映画はトルコ人が監督を務めなければいけない」という法律が存在しました。

しかし、トルコ文化観光大臣
エルトゥールル・ギュナイ氏は、この法律を変えてしまったのです。

しかも、後援としてトルコ側から出される予定だった制作費が
20万ドルから700万ドルに増額!

最終的に1500万ドル以上の製作費をかけて製作されることになりました

この映画には、エルトゥールル号
海難事故編には事件の際にトルコ人遭難者の救助に加わった串本町民の子孫が、

テヘラン邦人救出劇編には邦人救出に向かったトルコ航空の
客室乗務員の娘が客室乗務員役として出演しています。
(※ちょっとした裏話)


山田がイスタンブール滞在中、日露戦争勃発。

日露戦争は日本の勝利。

当時トルコ(オスマン帝国)は長らくロシアから圧力を受け続けていました。

そして、同じく圧力にさらされていた日本に対して、
親近感を高めていたトルコの人々


そこへ日本が勝利を収め、極東の小国日本の快挙として熱狂したといいます。

当時、東郷平八郎提督にちなんで、
トーゴーという名を子供につけることが流行したとか。

タグ:トルコ 親日
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オリンピック誘致で東京に負けたトルコが言ったこと [日本人とトルコ人]

2020年夏の東京でのオリンピック、パラリンピックの開催が
8日早朝に決まり、日本列島は歓喜に包まれた。

この開催をめぐりスペインととも“ライバル”となったトルコの人々の行動が
ネット上で感動を呼んでいる。

20年の開催都市には東京、マドリード(スペイン)、イスタンブール(トルコ)
の3都市が立候補。
IOC委員による決選投票の末、東京での56年ぶりの開催が決まった。

ツイッターでも決定後多くの日本人が喜びの言葉を上げ
感動を分かち合ったが、その後さらに感動的なことが起こった。

世界のトレンドワードに「Tebrikler Tokyo」とのあ言葉が入ったのだ。
意味はトルコ語で「おめでとう東京」。


トルコの人々からの日本への祝福だ。

トルコ語で「トルコは日本の友人です」との言葉や
日本語による「東京おめでとう」との祝福も見られた。

もともと親日国として知られるトルコだが、
落選してすぐに相手国の開催を祝うことは簡単なことではないだろう。

この話がネット上で広がると
「かなり感動した」「オリンピックが決まったことよりうれしい」
などトルコへの感謝を述べるツイートが数多く寄せられた。

アルゼンチン・ブエノスアイレスの会場でも東京が開催地に選ばれた直後、
トルコのエルドアン首相が安倍晋三首相に駆け寄り、
抱擁し祝意を示した。

開催国をめぐり争った相手であっても、決定後には相手を祝福する。
「平和の祭典」と呼ばれるオリンピック、
そしてスポーツの尊い精神を体現したトルコの行動だった。 


>>
トルコは親日だからな
和歌山の串本じゃトルコ国旗が靡いてるよ

>>
トルコと日本は兄弟だよって言って喜んでいるトルコ人の人に感動したw

>>
トルコ実にいい国だな

今からケバブ買いに行ってくる

>>
マドリードの人もインタビューで日本は力のあるいい国だって言ってたね

>>
東京に決定した瞬間、トルコの招致代表が何人も拍手を送っていた。
ライブで見てたけど感動した。
トルコのためにも2020年大会成功させよう!

>>
自分の国と人に誇りがあるんだろうな
余裕があるね

>>
総会会場のトルコの人達も温かかったよね
人柄や民族性って苦しい時やがっかりしてる時に出るからね
トルコの人達の人柄に感動した

>>
去年、新婚旅行でイスタンブールに行ったんだけど、
現地の人はみんな親切で本当にいいところだったよ。

もしイスタンブールでオリンピックが開催されるならまた行きたい
って思ってたから、落選したのは少し残念だったなぁ。

次回以降で開催されることになったら必ず行きます!

>>
第二の台湾だなあ
スペインともなかよくしたいけど

>>
トルコにはバルティック艦隊を打ち破った東郷にちなんで
トーゴーロードなる通りがある

>>
トルコ建国の父のケマル・パシャがかなり日本に傾倒してたからね
今もその流れは続いてるんだよね

>>
トルコ建国の父、ケマル将軍が日本の明治維新にならえと
トルコの近代化を進めたのは有名な話。

トルコが嫌うロシアを打ち負かしことで東郷元帥の名を知る人も多い。

>>
日本海海戦の時にバルチック艦隊が黒海から出撃したのを
教えてくれたのがトルコ。
あの巨人の向う脛を蹴っぽれたのもトルコの皆さんのおかげ。

>>
これはテレビでも流れてた
トルコの人が「日本は友達だから東京に決まって嬉しい」って

>>
日本がトルコの難破船を助けたのが親日の由来だとは聞いていたが
明治時代の話なんだってなそれ
どんだけ義理堅いんだよ

>>
それは単なるきっかけで、その後100年の付き合いがで親日国になったんでしょ

>>
サッカーW杯の日本vsトルコの時に、
「日本大好きだから、どっちを応援したらいいのか…」
と真顔で途方に暮れてたトルコの人、元気ですか~!!

あの時の、トルコの街角インタビューは泣けた。

>>
3年前にトルコ行ったけど本当にいい国
イスタンブールは若者の熱気であふれてて活気あるし
一般の人が気さくに日本語で挨拶してくれる

こういう国とはもっと親交を深めたい

>>
トルコが親日ってはっきり分かった瞬間やわ。
次は無理だがその次こそトルコに決まるといいね。

>>
開催地決定直後に日本のトルコ料理屋でトルコ人にインタビューしたり
トルコで意気消沈して葬式のように鎮まり返った様をレポートしたり
あの朝何気に日本ってトルコに対してマスゴミだよなって思った

ちなみにそのトルコ人店員は笑顔で嬉しいと答えてた
可哀想なことさせんなよと思ったけど
もしかしたら半分くらい本心なのかもしれない

>>
あのニュース見て、一瞬悲しい顔した店長が
その後「この国で暮らしているんだから、東京で嬉しい」
って言ってて大人だわーと思った。 

>>
1999年、トルコで発生したトルコ北西部地震被害への援助として、
仮設住宅の輸送を輸送艦おおすみ、
掃海母艦「ぶんご」、補給艦「ときわ」とともに敢行した。

イスタンブールのハイダルパシャ港に入港したしたときトルコ人は
宿敵ロシア艦隊を撃破した日本海軍の末裔が、
おれたちをまた助けにきてくれたって、お祭り騒ぎだったそうだ。

>>
トルコって親日国って事だけじゃなくて本当にいい人が多いんだよな。
日本にもっとトルコ料理屋さんが増えればいいのにな。

>>
何年か前、YouTubeで「ゲゲゲの鬼太郎」TV版初回シリーズの
エンディングテーマが急に聴きたくなり、見つけてページを開いてみると、
トルコからとても気に入ってくれた旨のコメが寄せられていた。

そういえば、なんとなく旋律の展開が中東のあのあたりを彷彿させる箇所が
あって思わず色々と感じ入りながら聴いたんですが。

とにかく自然なんですよね。

>>
個人的にトルコの友人が居る。ホントに情熱的な人で見習いたい。
彼曰く、日本は良い意味で不思議過ぎる。と

お互いに地震国だからその時は絶対に助け合うべき。
俺はトルコの国民性は好きだ。
彼らの焼くタイルをはじめ、芸術的な感性も高い。

とってつけたような文化じゃないんだよな

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>>
全ては和歌山沖のトルコ船の海難救助から始まってるんだな。

当時の日本人は当然のことをしたまで、と思っただろうけど、
貴重な遺産を残してくれてありがとう。

>>
エルトゥールル号事件な。
日本人は今も昔も変わらないんだけどね。

遠いけど隣国トルコ。

>>
トルコは義理固い国。

エルトゥールル号救助のお返しに100年後に危険も顧みず
イラン・テヘラン空港まで日本人215名を救助に来てくれた!!
本当にありがとう。

>>
何年か前TV番組でトルコ取材してエルトゥールル号遭難事件の顛末は
普通のトルコ国民なら皆知ってる有名な話ってことだったけどな

日本人はあまりそのことを知らないってギャップを持ち出して
「へー」って感じだったよ

>>
エルトゥールル号の件はトルコの小学校で教えてるからね
そりゃ皆知ってるわな

>>
ああイスタンブール、空想をさそう名前。

>>
この清々しい潔さは、賞賛に値するし見習いたい
本来スポーツってのはこうあるべきだよ

>>
トルコ地震の時、忙しくて申し訳ないだろうと思いつつも
義援金の送り先の問い合わせをしたら
電話に出た守衛さんっぽい人も、担当の人も
「アリガトウゴザイマス…アリガトウ」って泣いてたな。

自分は英語が得意な訳じゃないから、ひたすら
「アースクエイク、ドゥネイト!アーユーOK?」
を連呼したら更に泣かれて困ったw

しかも母国語で泣くもんだから、聴き取るのが大変だったよ。

>>
シリアもトルコに負けないくらい親日家が多い国だったんだけどね…

外でご飯食べたらいつのまにか誰かが支払い済ませてくれてたり
屋台でジュース飲んだら
日本人?お金要らないよって言ってくれたり

皆さん無事でありますように。
もちろんトルコも人情深い素敵な国だ。

>>
正直トルコでもよかった
一次投票で残れてよかったよ

>>
結果は東京だったが万が一イスタンブールに決まっても祝福していたはず

>>
トルコで下痢して、持って行った薬も効かずホテルでうなっていたら
これを齧れば治ると手渡されたのがでっかいナツメグの実w
丸1日かじかじシャブシャブしていたら、ほんとに治った 不思議!

>>
トルコと台湾が隣国だったら日本も幸せだったよね

>>
トルコ!トルコ!トルコ!

>>
いい国だな
トルコも台湾も

>>
トルコ風アイス食うわwwww

>>
こちらこそ「ArigatoTurkey」って伝えたいよ。

>>
倒産したトルコ村での銅像の扱いが酷過ぎるって
トルコ人が怒ってた話も一応知っといて欲しいな

>>
トルコに行ったとき、あまりに親し気でビックリした。
道歩いてるとみんなニコニコ笑って手を振ってくれる。

クラクション鳴らされ振り返ると運転手がブンブン手を振ってた。
みんなヒゲはやして怖そうだけど、挨拶するとニコーっと笑ってくれる。

地図みてると集まってきてわからなくても助けようとしてくれるし、
博物館にいるとトルコ語で説明はじめてくれる。

わからないけど、うんうん頷いて日本語で「なるほど~っ」っていうとすごく喜んでくれる。
とにかく心が温かくなった。トルコ大好きだ

>>
ちょっと日本人は遠いから美化しすぎかなとも思うけど
実際トルコで出会った人たちは本当にいい人達ばかりだったわ

3.11の話を持ちかけてからカフェに誘ってくる詐欺師っぽい奴もいたけど
道を聞いたら車で送ってくれてその上スイカ食べさせてもらったりとか、いい思い出が多い

>>
明日の昼はトルコライスにするよ(・∀・)

>>
ほんとトルコ人は良い人が多いよ。
10年くらい前にトルコ行ったけど良い人だらけだった。
特に現地ガイドさんと市場で助けてくれた人が日本でも見かけないレベルで親切だった

現地ガイドさんはドライブインでガイドさんが飲んでるの美味しそうだから、
それほしいです、いくらですかッて聞いたら
これくらい奢るよ、って奢ってくれた気前のよさ(当時18歳)

観光地回ってても色々細かく説明してくれてすごく楽しかった

で、ガイドさんはもうすぐ結婚控えてて新婚旅行に日本にいくか、日本車買うか悩んでる
でも、両方は高くて無理だーってすごく悩むほど親日ぶり

逆に日本人も日本人で結婚するって聞いてバスでみんな500円ずつカンパ
ほぼ全員がカンパに賛同して2万円位が新婚のお祝いになる形に


あと市場の方は、お店の人が英語が話せなくて、やりとりに困ってたんだ。

間で現地語との通訳してくれて、リラが残り少ないからドルで買いたいって言ったら
最初は店の人ドルはダメみたいな事って言ってたけどその人が少し話したらOKって言ってくれた

でお店の人がレートわからないみたいで、こっちもよくわからなかったけど
その人が間で計算してくれて、ちょっと足りない。
って言ってちゃんとお釣りまで面倒をみてくれた

普通の国だとそういう親切につけこんでお釣りを少しちょろまかす人もいるけど
(手数料と考えて諦めてる)
全くそういう事もなく、後で計算してもレート通りのお釣り

ほんとトルコ人は良い人が多いよ。

>>
流石トルコは格が違った

ホントにありがとうトルコ!

>>
隣の国がトルコなら良かったよ!!

>>
今回シリアのことがあったのは気の毒すぎる。
トルコで五輪が開けるような世界にならなきゃな。

>>
シリアの件がトルコの足を引っ張ったね。
あれが収まれば次はトルコだ

>>
ココまでいい人たちが多いからこそトルコに決まって欲しかった

>>
外交って、外務省だけのもんじゃないなって思うわ。
今はネットがあるおかげで、国民同士が友好関係をつくれるんだな。
素晴らしいことだ。
日本は着々と多くの国と友好結んでいこう!!

>>
トルコは日本にとって、とても大切な国。
トルコはまたオリンピック招致に乗り出すと思う。
その時は日本が全力で支援するべき!

日本とトルコの友好関係を、みんなも調べてほしい。
日本とトルコがもっと仲良くなれますように・・・
トルコ万歳!

>>
トルコは諦めずに再度招致してほしい。
その時は日本は全力で応援させてもらう。

2020年の閉会式でオリンピック旗をトルコの代表に渡せたら最高だよ。

>>
トルコは2028年だね
2024はパリになりそうだし・・

>>
トルコライス好きなのに
トルコ料理じゃないのには笑った

>>
ちょっとトルコ料理食べてくる

>>
ここまで親日なのだから当然日本としてはそれに応えなければいけない
ありがとう!トルコよ!

>>
7年くらい前に、マイナー番組でトルコの特集してたんだよ
世界不思議発見みたいに、一人の女性がトルコの街を歩きながら色々紹介してたんだけど、
その人が日本人で日本の番組収録だと分かると道行くトルコ人が嬉しそうににわっと集まってきたのには和んだわww

もうとにかく日本大好き日本人大好き!っていうのがよく分かる笑顔と歓迎っぷりでさ
いまだにそれが忘れられない

>>
昨年末に放送された番組でトルコの記者を逆取材していたんだけれど、
そのおじさんの
「トルコは絶対に日本を裏切らない。」という言葉が凄く印象に残っている。

勿論この方個人の考えだろうけれども、今までの歴史とも相まって凄く嬉しかった。

>>
3.11で津波で何もなくなったところ在住だけど(幸いにも家は無事)、
一番最初に来てくれたのが、イスタンブールの国際災害レスキュー(?)みたいな人達だった。

あまりの安心感にただ頭を下げて、『サンキュー』『ハロー』しか言えなかった。
向こうの人達は日本語のあいさつを覚えてきてくれたみたいで、
『コンニチハ!』ってたどたどしい日本語を返してくれたよ。

それ以来、トルコに何かあったら、私にできることを全部やりたいと心に決めている

>>
トルコ料理屋の日本人も、ひととおり喜んだ後に
「次はトルコで!次!」ってお店のトルコ人に声を掛けてたよ






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