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中国人韓国人「習った教育と違うぞ日本」 [日本人と中国人と韓国人]

ある中国人の先生に楽器を習ってたんだけど、

その先生の話では、最初に日本で仕事をすると決まった時、
周囲全員から猛反対されたそうだ。

日本に行ったら日本人に殺されてしまうぞ、とまで言われ、
母親は号泣して行くなとすがったそうだ。

でも「金の為だ。2~3年は死ぬ気で我慢して耐えよう」
と悲愴な覚悟で来日した。

そして実際に来て見たら、大抵の人々は親切で礼儀正しいし、
先生がやってる楽器のプームがあって収入も良く、
中国より暮らしやすかった。

勿論差別や嫌な思いもしたけど、中国人の無礼さに比べたら全然まし。

それを故郷の人達に言ったけど、誰も信じないで、
「お前は騙されてる。早く帰って来い」
と言われたそうだけど。

その後、先生は日本人と結婚して日本に永住することになった。

>>
きっと中国の両親は日本人に洗脳されてると思ってるんだろうな。
本当に洗脳されてるのは自分たちなのにね

>>
中国人がわざわざ外国に教えに来るような楽器か
二胡とか琵琶くらいしか思いつかないけどブームになったことあったっけ?

>>
女子十二楽坊じゃないの

>>
私の友人である韓国人もオーストラリア人もそうでした。
来日後「あれ? 日本人て親切じゃん。受けた教育と違ってね?」

祖国と決別&永住を決意。

>>
日本人に限った話ではないが、人は鏡だからな。

>>
都会の住宅街にて真夜中に中国語で大声で電話してる若い女の子、
中国の都会で真夜中に日本語で大声で電話したらどうなるのかなと思ってしまった




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コミュ障だった俺が中国人に教わった事 [日本人と中国人と韓国人]

このおっさんに会わなかったら自分は昔のままだったなぁという話しを
語ってもいいだろうか

大学に入ってお金もないしバイト始めようと思った
けどデブだしコミュ症だった俺は、華やかなバイトなんて無理だなと思ってた

けどこの性格変えたいなと思ってガソリンスタンドのバイト始めたんだ
そこで中国人のおっさんと出会った

最初はコミュ症過ぎておっさんにめっちゃ嫌われてた

なんでガソリンスタンドの社長はこいつを採用したんだ?
みたいな

ガソリンスタンドって元気なお兄さんとかヤンキーっぽいお姉さんとかなイメージ
けど自分とはやっぱり正反対で
…よくミスもするしで何もバイト始めても変わらなかった


これじゃ駄目だなって思い
おっさんと話すことから始めたんだ

中国のこととか聞いてたと思う、そして仕事のコツとか色々教えてもらった

あと、俺は他人を不快にするコミュ症だから、それを色々指摘されたよ
人と目を合わせることとか、挙動不審なこととか
始めてこんなに自分の欠点を指摘されたのは始めてだった

だいたいその中国人のおっさんと俺の2人になることが多くて
たまに飲みに行ったり連れてってもらった

何だろな、中高の時にいじめられてさ、女の子とも目を見て話せなくて、
人を避けてきた俺がバイトを通して行って変わっていくのを感じたんだ

本当にこれから生きて行く上で大事なこと教えてもらった
当然、彼女なんていたことないし、仲良い女の子なんてのもいなかった

中国人のおっさんがモテるコツ?とか色々話してくれてさ、
お前も頑張ってみろよ!最初から諦めてちゃ無理だろw
って言われて頑張ってみようと試みた


175センチで90キロあった体重も64キロになった
そしてコンタクトにして、茶髪にした
バイトを始めて一年たったよ

見た目はだいぶ変わって昔の自分を知ってる人は
俺のことだとわからないほどにw


具体的になんか印象に残ってる教訓とかは、
人との距離を大事にしろってこと

あと、自分が思ってるよりも相手はそんなにお前のこと
を考えてないってことかな。他にも色々あるけど

コミュ症あるあるだと思うけど、やっぱりキモいと思われたかな
っとか考えちゃうじゃん?
その時に言われた


そんで勇気出して片思いしてる同じ学科の子を食事に誘って告白した
そしたらオッケーだった
そのことをおっさんに話したら自分の事のように喜んでくれたよ

中高の時の自分が嫌いで嫌いで仕方なかった、
友達いないし馬鹿にされるしで今も思い出すだけで悲しい気持ちになるよ
けど変われるんだなぁと思った

しかし大学三年になる前におっさんはガソリンスタンドを辞めた


二月の寒い日の7時、おっさんと2人でガソリンスタンドでいつも通り働いてた、
そん時今月で辞めるんだーって言われたよ
正直、とてつもなく寂しかった

自分の恩人がいなくなるのってこんなに悲しいのかと思った

最後に恩返しがしたいなと思って、バイトの先輩と話して
サプライズでおっさんの送別会をすることにした

おっさんが辞める3日前に地域の小さな居酒屋でおっさんの送別会した

おっさん、めっちゃ喜んでくれたよ
俺も嬉しかった


そしておっさんが辞める日も俺と2人で仕事だった
その日は確か朝から夕方まで俺がバイト始めた時の昔話とか、
そして変えてくれたのはおっさんのおかげだという事とか、今までの感謝を伝えた

泣きそうだったけど耐えた

おっさん、中国に帰るらしいんだ中国の田舎でゆったりと暮らすらしい


今思うと、バイトのおかげでコミュ力ついたし
自分にも少しは自信を持てるようになった

人間変われるんだなぁと改めて思ったよ


>>
似たような境遇、おつかれ

>>
出会いって本当に人生変える時あるよね
自分から変われる人もいるだろうけど何かキッカケがないと
やっぱり180度人生変わったりしないもんね

>>
ほんとだね
俺もおっさんいなかったら昔のままでいたのかも

>>
「人生は出会いがすべて」という言葉がそのまま当てはまる話だな

>>
本当にそうだと思うよ
生きてるうちに色々挑戦してみるもんだね

>>
中国人は首都圏とかの都会人より田舎か出身の方が性格が良い、
というか、日本人に合う・・・かな?

仕事で数百人と付き合いがあるけど、都会人は集りに来て田舎の人は奢り奢られの世界になる。
田舎の人の方が金銭的にきつい人が多いのにね。

>>
バイトとか社会で働くのはいろいろと勉強になる
だけど、それも自分次第だけどなw

>>
中国でも韓国でもいい人はいるだろうさ。
日本人にだって頭っからネタと決めてかかる心に余裕のない可哀想な人もいるわけだし。

>>
おっさん田舎でゆっくりできるといいけどな
これから中国たいへんだろ





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札幌狸小路で台湾人家族が、うちの赤ちゃん見て… [日本人と台湾人]

札幌に狸小路っていう商店街があるんだが、
そのそばにホテルがあって台湾の方らしき人たちがよく利用する。
その方々になぜか帽子をもらったwうちの赤ちゃん。

赤ちゃんの帽子を車に忘れてきてしまったんだけど、
まあすぐ地下街に入るからいいやと歩いていたら、
信号待ちで話しかけられた。

もちろん言葉も何も分からん。
ただただジェスチャーでベビーカーに乗ってる俺の娘のほっぺを
両手でほにゃほにゃして「(なんだかー!)」と叫んでたw

家族全員にほにゃほにゃされた後、新品らしき帽子をスポっとかぶせて
「プレゼント」らしきことを言いながらブルブルと寒そうなジェスチャー。
当然うちの家族は遠慮したんだけど、「いいからいいから」的な雰囲気。

あちらの子供たち(女の子ふたり)もうんうんと。

赤ちゃんにはちょっと大きかったけど結局そのまま貰ってしまった。。
その後、同じ方向に進んで歩いてたんだけど、
ずっと話しかけられたが全く意味がわからなくて残念だった…。

和んだのはもちろんだけど、なんか申し訳なかったな。

>>
赤ちゃんにやさしいのは国が違っても同じなんだね

>>
でも可愛いからって頭撫でたりしちゃいけない国もあるんだよね
そこらへんは気をつけなきゃいけない

>>
どこだっけ、頭には神様が宿るから
頭を撫でるのは神様を追い払う行為だってタブーになってるのは。
カンボジア?

>>
頭を撫でちゃいけないというのがあるなら、ますます近い文化を持つ
台湾のご家族と触れ合ったお話が素敵に思えるね

台湾のご家族にも良い思い出になったんだろうね




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小雪が舞う北海道で、半袖短パンとかw [日本びいき外国人]

寒い国以外の外国人にとって日本の冬って寒くないのかな?

夏は暑い!という話はよく聞くけど、冬はどうなんだろう。

>>
雪祭りで雪像に顔くっつけて
「ホーゥ!」とかやってるのは見たことある。

>>
京都に初詣に行ったとき、
(大晦日の深夜)
浴衣姿の白人男性3人組を見たことがある。

どこかのホテルか旅館に泊まって「キモ~ノ」とか言って、
浮かれてそのまま外出してしまったのだろうか。

むちゃくちゃ寒いと思うけど、案外平気そうな顔だったなぁ。

>>
冬場でも白人の観光客で短パン、Tシャツの猛者がいるな

>>
友達のカナダ人が1月の待ち合わせに短パンで現れたときは、
度肝抜かれたよ

周りの視線も集中してたしw

>>
カナダってもともと寒みーしな

>>
どっかのサイトで見たが、カナダ人は0℃くらいの寒さなら
素肌にTシャツ一枚でOKだそうだ

>>
カナダに居たときびっくりしたこと。

冬場は-10~-20℃くらいのところだったんだけど、
たまに暖かい日は-3~0℃くらいになった。

するとカナダ人は「今日はあったかい」と半袖Tシャツ1枚で外出。

そういう人が街にけっこういた。


またある時、
スキーに行くので車につけるルーフキャリーを借りに行ったら

そのレンタル屋のお姉さん、半袖のまま外の駐車場に出てきて
粉雪の降る中、取り付けてくれました。

すごい耐寒力。

ちなみに知り合いのイギリス女性も10℃くらいで寒風吹きすさぶなか、
木綿の薄いワンピース1枚で平気な顔していた。


>>
ある年の秋、友人と北海道の大雪山系を縦走した時の事。

朝起きてみるとテント場に、芋虫のような物が転がっていた。

それは1人用のテントが潰れた物だったのだが、
ぴくりとも動かず、
みんなで「死んでるんじゃないか?」と心配してたら、

突然、
中からTシャツに短パン・サンダル履きの白人が出てきて驚いた。

俺らは先に出発したんだが、休憩してたら件の白人が追いついてきた。

ちなみに、前日からずっと雨が降っていたんだが、
Tシャツに短パン、サンダル履きで雨具は着ていない。

で、片言でどっちに行くの俺こっちとか何とか会話して、飴もらった。

>>
恐るべし白人!
寒さにも風雨にも強いんだなw

足下サンダルで山歩きしてたんだぞ?
すげぇ・・・

>>
>Tシャツに短パン、サンダル履きで雨具は着ていない。

なんか、スキーの経験が浅い俺から見ると

これが結構当たり前なのかな?
誤解してしまいそうな・・・

寒いよね?


寒いよー。

その時の俺の格好は、山用のTシャツとシャツとセーターの上から
ゴアの雨具着て、下も山用のパンツにズボンにゴアの雨具。

もちろん、ごつい皮の登山靴履いてたし、軍手もしてた。

と言うかね、
寒さ以前にハイ松の樹林帯抜けるのに素肌むき出しは有り得ないって。

普通なら傷だらけになるよ。

>>
フィンランド人が冬の北海道を旅行するっていうので、
寒いよ~って脅したら、
「フィンランド人なめんな!」と言われたらしいなw




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めぞん一刻見たフランス人がこたつに興味津々w [日本のアニメ漫画ゲーム]

昔、めぞんを本国で見たフランス人がテレビのインタビューか何かで、
面白い作品だけど「こたつ」がよくわからなかった、とかコメントしてたわ。

(みんなでこたつに入っているシーンあったよね。)
ごもっとも、と思うw

>>
逆を言えば日本のアニメに出てくるたこ焼きなんかは
外国でどんな風に想像してるんだろう?

めぞん一刻館がフランスで放送されたときには、チョコみたいなものを想像してたらしいけど。

>>
以前、JTBが企画した海外のオタク向け日本ツアーの様子をTVで見たけど、

彼ら(確かスペイン人)がリクエストしたお食事処は、
「らんま1/2」で知った「お好み焼き屋」。

「ピザみたいな物?と思ってたけど違うね。でも美味しいよ」
…そういえばめぞんもらんまも高橋留美子作品だなw

>>
弁当に入ってるタコさんウィンナーを
なんだあれはと騒いでる話なら聞いたことがあるわ

>>
たこ焼きとか理解不能な食い物だと思う。
英米ではた蛸とか烏賊ってもうゲテモノでしょ?

こたつは最近ちょっとニュースになってた。

日本にきてコタツを知った欧米人が「悪魔の暖房器具」と
かいって紹介してた。
これに入るともう何もできないとかw

天国より天国とかかいてあって。

>>
日本に住んで30年、納豆や梅干しは一切受け付けないけど
和菓子と日本酒は大好きなイギリス人に
「栗納豆」を見せた時のドン引きっぷりを思い出した

(どういう食べ物かきちんと説明して、一個差し上げたら超ご機嫌になったけど)

>>
夜明けに爆笑したw

こたつの魔力は全世界共通だよねー!

>>
こたつネコの無念さが分からなければ
うる星やつらの半分も理解できないじゃないか

>>
外国の小説なんかに入れ込むとそうなるね。
赤毛のアンは
いまだに愛読書だけどレモンパイとかあんずジャムとか他
ケーキの妄想が止まらなくて。

>>
たこ焼きは
ホワイトソースに具をひとついれて
専用の器具で丸く表面だけ焼き固めた料理ですよ
と言えばわかるんじゃないかな

>>
栗納豆でなんでドン引きされたの?よくわからん。

>>
こたつ トルコにも似たような暖房器具があるらしい。

>>
赤毛のアンは美味しそうな料理やお菓子が沢山出て来るから、読んでるとお腹がすくよねw

>>
こたつはやめとけ、廃人になるぞ

>>
向こうはタコ焼きはショコラ(トリュフ)で脳内完結してるから
それ以上混乱させたらあかん

>>
こたつでちょうど乗り切れるくらいの寒さのエリアは世界
では結構少ないのかもしれない。

>>
しばらく前に、フランス人が「子供の時に見ていた時、フランスの作品だと思っていた」とか言ってた。
どこをどう見て、フランスの作品だって思ったんだろうwwww

>>
タコはゲテモノってよく聞くけど実はそれなりに食べてる
とこもあるみたいね。

むしろお好み焼きの上に乗ってる謎の動くものの方が気味悪いらしい。
そいつは鰹節ってんだぜ。

>>
それは20年前の状況だぞ、と。

思うにおねティーのポッキーくらいからオリジナルを調べて
根性で入手し始めたりしたと思う。

>>
海沿いの国ではタコやイカも食べるよ。
イタリア、スペイン、ギリシア、イギリスも海っぷちは食べる。

>>
テレビでやってたのでは、
タコ焼きは何かしら甘いお菓子のようなものだと思ったとか
翻訳がそういう感じだったのかね

フランス製との勘違いについては、こんな素晴らしいラブコメを作れるのは
恋や愛に熟知したフランス人じゃなきゃ作れないと思った、とも同じ番組で言ってた

>>
中東の北部のド田舎で1つのテーブルに布団掛けてアラブ人が
みんなで集まって囲んで足突っ込んでて笑った。

まんまコタツだった。

>>
高橋留美子さんのビッグコミックの不定期掲載のヤツ、楽しみにしてんだけど・・・

たまにしか読めないけど、締切に余裕持って好きなモノ描いてもらえてるわけだから、
老境に(失礼!)入った人のこういう仕事の仕方もアリかと思いつつ。

そういう意味じゃ、週刊漫画誌で綺麗にまとめて終わらせたい連載漫画を
人気があるからって理由でダラダラ長引かされてる漫画描きの方々は気の毒だ。

>>
「めぞん」って仏語だから、勘違いするのもしゃーない

>>
向こうでは登場人物の名前が全員フランス人になってるからじゃない?

以前、なるほど・ザ・ワールドでレポーターの岡田真澄が
現地の子供たちにインタビューした時にもそういうニュアンスの事を言われて、

「じゃあどうして彼ら(一刻館の十人たち)は日本人みたいな生活してるの?」と問うと、

「一刻館には日本かぶれの変人たちが集まってるから」という答えが返って来た。
もう20年以上前のおはなし。

>>
ちなみにめぞん一刻のフランスでのタイトルは「ジュリエット・ジュティーム」だったような。

>>
千尋のお父さんが食べてたあのたぷたぷの正体は
日本人でもよくわからないという。www

一応これですってモノはあるけどコレジャナイ感パ無えし。

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カナダ留学生の耐寒能力w半袖で卒業式 [日本に馴染みすぎ外国人]

自分の高校毎年カナダから留学生が一人くるんだ。

来たのは男で3年のときクラスに来たんだが、
そいつ2年の主張文の時に作文を書いてたんだがそれが

「日本でバスで変な男の人に喋りかけられ怖かった」
「幼稚園へいったら鼻を触られたり泣かれたりした」
とかあんま日本に良くない印象持ってるみたいだった。

でも段々とクラスにとけこんでいって凄かった。
なんというか凄い日本人ぽくなってきた。

何か言われたら「えー?」「あー」とか。…日本だけだよね?
夏なんかはうちわぱたぱたさせたりして「あつー」とか「あちー」とか。

一日だけイギリスから来た女の子の通訳として学校の中を
先生と一緒に案内させたらしいんだがそいつ
先生が日本語で言った言葉、普通に日本語でその女の子に言ったりして
お前英語使えよwwwだったみたいで。

朝礼の時も確かに英語+日本語でその女の子に話してたんだ。
ちなみにその女の子日本に来て一番美味しかったのってラーメンだって。

そいつよくつるんでいた奴らが漫画の話とかよくしてて、
そいつにエヴァンゲリオンを英語発音で言ってもらったりしてて
その発音の良さに自分も感動してたりしたw


で、夏休み前だと思うんだがカナダに帰る事になったんだ。
1年だけらしくて。

だからそいつが帰る時に内緒でクラスの皆全員でお別れ会を決行したんだ。

お菓子食べたりプレゼントあげたりとかして
最後に一人一人お別れの言葉言ってってさ。

皆ぼろ泣きでそいつ剣道やっていたんだが顧問の先生に
今までよくやった、とか言われて
そいつも涙流して皆のこと忘れない。

また来るからね、って言って帰っていったんだ。

んで、卒業式にそいつが来る事を聞いたんだ。

来ても卒業生としてはじゃなく一般客?扱いなんだけど
「皆と一緒に卒業したいから」とか言ってたようで来るらしくて
ちょっと感動してた。

んで卒業式奴は来たんだよ。   半   袖   で   。

カナダと同じように来てしまったとか言ってるから
あっちは今暖かいんだと思うけどこっちは雪が降っているわけだよ。

自分の親がそいつの近くにいたみたいだが立ち上がるときとか
腕さすってたりとかしてたらしくてwwwアホだろwwww

んで卒業式が終わったから教室に戻ったらそいつがいて
一緒に最後のホームルームをしたんだよ。

また先生に皆で内緒で花束とか皆が載っている写真とか送って
皆でぼろ泣きしたのは割愛。

ホームルーム終わってからもずっと残っていていい、
とか言われたからそいつ皆と一緒に教室で残ってた。

こっちの高校の姉妹校?で大学があって、結構そっちに行く人多いんだ。
そいつも今カナダの大学に行くかこっちに来るか迷っているみたなんだ。

もっとこいつについて書きかたっんだがやめとく。

台湾の女の子とメッセした時その子のお兄ちゃんが
鹿せんべい買ってきたんだよーって言って
必死にそれ人間の食べ物じゃないよwwwって言った。テラモエス

>>
乙!久々に和ませてもらいました。
そのカナダのあんちゃん、気さくでいい奴だね。
ぜひ日本の大学に進んで欲しいな。

また何かあったら報告ヨロ。

>>
カナダは北半球なんだから、どう考えてもまだ冬だぞ。

>>
カナダ人に対して薄着はどうとか突っ込んではいかん。
カナダには気温がマイナスでも学校に半袖で来るやつがいるんだから。
と、カナダに留学していた友人が言っていた。

>>
カナダって卒業式9月なんじゃないか?
で、その子は卒業式=暑い=半袖、という先入観があったとかじゃ
…多分だが

>>
むしろ、カナダ人が三月の日本に半袖で来た話にリアリティ感じた。

10年程前、旅行で春のカナダ行ったことある。

日中は暑くても日が暮れると途端に寒くなって、
薄手のセーターにカーディガン重ねてブルブル震えつつ観光してたら、

地元民って厚手のジャケットがほとんどながら、
Tシャツやタンクトップも普通に混ざってる。

気候に対して許容範囲が広いというか、鈍いというか
…びっくりした。

>>
白人は寒さに強いからな
しかし光に弱いため、西洋のレストランは薄暗いし
アジアに来ると、サングラスをかけるようだ

>>
白人の半袖・短パン/365日率は異常

>>
北の方に住んでる白人はマジで信じられないような気温でも半そで着るらしいなww
気温より太陽が出てるか否かのほうが重要らしい。

>>
唐突に出て来る鹿せんべい買って来た台湾の兄ちゃんは何なんだよ

>>
氷河見学の時の白人半袖率は衝撃だった。

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冬の東京駅前に半袖の白人がカメラを構えてた [日本の技術とスゴイ人]

東京駅の丸の内口降りるとオフィス街だけど、千代田のお堀もあるので、
トランク抱えた外国人観光客をたまに見かけるのね

ある日仕事で東京駅に行こうとしてたら、 クリスマスも近いのに、
半袖短パンの白人のおじさんが夢中になって地べたを写真に撮っていた

すぐそこに、もっと絵になる皇居があるのに一体なんで?
と思って声をかけたら、マンホールを撮っていたんだそうだ

「うすい」とか「防火用水」とか書かれているあれだ
「オウギがあしらってあったり(東京都のマークの事だと思う)

漢字が書かれていてcoolだよ」とも言っていた
これから浅草も見に行くと張り切ってたな

良い旅をと言ってわかれたが、少し和んだ

>>
BBCの「Top Gear」という車紹介の番組で
日本で新幹線と車の競争という回があったが

その中で、日本のマンホールを見て
「こんなに芸術的なマンホールを見たことがあるか?」
みたいな会話があったなそういや。

>>
うすい じゃなくて おすい(汚水)だよな…? 

>>
雨水だよ・・・

>>
雨水、汚水、消火栓、
いろいろあって、どれもきれいだよね。

>>
日本人でもマニアがいるくらいだからねえ。

>>
有名な『真実の口』は古代ローマのマンホールの蓋

元々は大して注目されてなかったが
『ローマの休日』で大ブレイク、以来人気観光スポットに

>>
真実の口に手を入れたことあるけど
マンホールだったなんてちっとも知らなかった。

ローマ文明は水道橋といい、水の扱いがうまかったんだね。
豆知識ありがとう。

>>
マンホールってどういう会社が作ってるんだろう

>>
日之出水道機器とか有名だよね




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台湾のお爺さんが、日本の病院に行きたいと言う [日本人と台湾人]

烏來の川傍の無料温泉で日本語の話せる爺さんが
台湾の医療はダメだと言っていたな。
日本の病院に行きたいとも。

>>
台湾は医療が酷いんだよな。
ホスピタリティー0で、誤診だらけ。

医師のスキルが足りない。
中医師も、ぴんきり。

>>
台湾の薬もダメだからね。
だから、台湾人が日本に来ると必ず薬大量に買って帰る。
アリナミン、パブロン、きゃべじん、わかもと、ビオフェルミンなどなど。

龍角散は痰が切れるけど、類似品で龍角散をコピーした
商品では全く痰が切れなかった。

医師はひどく、台湾で一番金を稼ぐ医師は皮膚科医なんだけど、
一遍に4人の患者を診察するとさ。

与える薬は、ステロイドか抗菌剤のどっちか。
酷い処方だし、まさに金中心の中華的な考え。

台湾大病院、台北市立病院、その他の医院にも行ったが、話にならないレベル。

信義も新宿に支店だしてるのは、富裕層の台湾人が
日本にマンション買うからなんだよね。

矢張り年取ると、病気が心配らしい。

>>
日本の大口病院へ
遠慮せずに来てや

でも医療費は保険適用じゃないとちょっとお高いかもよ?

>>
セレブ狙いの医療観光誘致はアリだけど、福祉つまみ食い目的の日本移住は
病院の混雑に拍車かけるだけだから勘弁して欲しいわ。

国保3ヶ月だか掛け金払えばおkとかいう糞制度を続ける気なら、
日本人とは負担率を変えて掛け金高く設定しろっての。

国民健康保険は国民の為のモノなんだからさ。

>>
でも気の毒だね・・・。
技術の向上につとめる医師、仁術をめざす医師が増えることを祈るよ。

>>
日本の医療も大概だけど、おじいさんの夢を壊したくない。
おじいさんの夢が叶いますように。

>>
大陸が蛮族に奪われたからそりゃあ気の毒だよな!
爺さんはすばらしい日本のことをよく覚えているからなおさらだ!

>>
まあ龍角散はマジで効くからなあ。あれは重宝する。

>>
たぶんその人の日本語が凄い流暢なら息子二人が医者の人だと思う。
烏來のトロッコは治ったんかな?

>>
いやまじでアジアでは病気になったら日本へ行こうってなってるそうな。
信頼度はダンチだしその方が医療費が安いんだそうだ。
その医療費は日本人の血税から。医者が言ってた

>>
医科はどうか知らんが、歯科は台湾は日本の3割負担より安くてそこそこうまいって聞いた。
ソースは友人の台湾人。

>>
うちの近所の皮膚科は台湾人だったらしい

>>
台湾人なら、助けてあげなきゃね。

>>
香港の話なんで少し違ってる部分もあるかもしれないが。

どんなに金払っても最良の医療を受けたいってことなら日本には行かないそうな。
そういう金持ち層は香港やシンガポールの金持ち用病院に行けるから。

日本の医療は、(医療保険制度適用外ゆえに)比較的高価であっても、
他のお客と同列に扱ってる(大勢の中の一人である)分、余分なボッタクリはしない。

だけど、渡航・滞在費用の問題もあるし保険制度の適用外だからやっぱり高いし、
で行きたいと思っても中々そうはいかない、というのが爺さんの言いたいことなんじゃないかな。

>>
爺さんなら元日本国民だろ。
日本に来て医療受けるのに憚られることはない。

>>
台湾の医療はそこまで悪くないよ。
確かに日本の薬は皆買っていくよ。

でも現地で日本企業が同じ薬を作ってるんだよね、それでも日本の物がいいって買っていくんだ。
内容が違う物もあるらしいんだけどね。

>>
外国と比較すると、どれだけ日本が凄くて天国かよく分かる

>>
日本は病院の数がくっそ多いからねぇ

>>
日本の皮膚科もとりあえずステロイドだすよね

>>
アメリカの医療システムに比べればどんな国もマシ
盲腸の手術で1000万円請求された人がいる

保険に入れない貧乏人もいるし、高いから何でも市販薬で済ませて、あまり医者に掛からない

ヨーロッパで基本無料で受けられる国は、無料で一見いいように見えてひどい
イギリスの場合
まずホームドクターを割り当てで決められる

医者を基本的には変えられない
まずホームドクターに受診しないと専門家を紹介してもらえない

予約を取るのが大変、数週間後はザラ
急に子供が熱を出してもその日に予約が取れない場合もある

無料のため予約で埋まりすぎて、5分の遅刻でも受け付けてもらえないこともある

>>
李登輝総統も岡山の病院で治療したんだったけな




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ヒラリー・クリントンも認めたヘルシー日本食材! [日本の技術とスゴイ人]

今から25年前、大手乳製品企業のサラリーマンだった男は、
会社から
『アメリカに豆腐を売り込め』と命ぜられ、たった一人でアメリカに赴任した

その男の名は雲田康夫。
現在、Mr.豆腐と呼ばれ、アメリカでは豆腐の第一人者である。

彼が赴任した1980年台当時、アメリカでは家畜のエサと思われていた『豆腐』。
そもそも、「大豆は人間の食べものではない」というのが常識の国でした。

実際食べさせると、
「気持ち悪い」「味がない」「TOFUの発音が、TOE(つま先)に似ていてイヤ」と散々。

そして豆腐は1988年、USA Todayによると
「アメリカ人の嫌いな食べ物ナンバーワン」。


そんな豆腐が、何故アメリカ人の日常食になったのでしょうか?

当時の豆腐の不人気を象徴する出来事をいくつか。

・交渉に行ったレストランチェーンのバイヤーからある日、
トーフを数ケース送ってくれと依頼。

喜んで話をしていると何か違和感。
よく話を聞いてみると、豆腐が好物だというのは、オーナーの犬のことだった。


・フードショーに出展していた最中、忙しさのあまり5ケースほどの
商品を路上に置き忘れてしまった。

それに気がついたのが夜中。
朝一番に現場へ行くと、朝霧の中、誰にも見向きされなかった
豆腐は5ケースとも無事だった。


・1992年のロサンゼルス暴動。
豆腐を扱ってくれていた韓国系スーパーが略奪被害にあった。

お見舞いにオーナーへ電話をすると「心配しなくていいよ」
「あなたのトーフは誰も手をつけなかったから」。


・マーボー豆腐の試食を出すと、タレばかり売れる。豆腐は全く売れない。

路上に一晩放置しても誰も持って行かない。
略奪者にも見向きされない。

豆腐はまさに不人気な商品でした。


しかしある時、雲田さんの風向きが変わります。

もう、会社を閉めようかと悩んでいた矢先、雲田さんは年配のアメリカ人女性が、
トーフをカゴに無造作に投げ込んでいるのをみかけました。

どうやって食べるのかを聞くと、シェイクにする、と女性は言います。

雲田さんはその時、「豆腐は四角で白い」ということは
どうでもいいことだったことに気がつきました。

それは、これまでの考え方を根本から変える必要があることを
思い知らされる出来事だったのです。





日本のままでは売れない。
パンには冷や奴はなじまないのです。

それまでは、冷や奴、麻婆豆腐、味噌汁、これで日本の食文化を
紹介しようと考えていました。

ところがどれもうまくいかない。

アメリカ人には「旨み」という味覚がわからない。

冷奴や味噌汁、マーボー豆腐、
どんな料理を作っても、アメリカ人にはウケる料理がない。


そんな場面でのトーフ・シェイクとの出会いに元気づけられていたころ、
ヒラリー・クリントンが「豆腐」について語っているのをラジオで耳にします。

それは「ビルはジャンクフードが大好きで高血圧なので、豆腐を食べさせたい」
と言っていたのでした。

間違いなく「豆腐」と言っている。

アメリカでは[soy beancurd]という単語が浸透していたのに、
ヒラリーは「Tofu」という日本語を使っていました。

トーフは、じわじわとそこまで浸透していたのです。

ヒラリー・クリントンの発言をきっかけに、
ニューヨークタイムズやワシントンポストにも取り上げられ、

これまで相手にしてくれなかったバイヤーからも注文が入るようになり、
豆腐は一気に広がっていきました。

それ以降、アメリカの豆腐市場の形成に尽力し、
「ミスター豆腐」と呼ばれるようになりました。


以下は、雲田さんのインタビュー記事からの引用です。

売れるかどうかわからない物を売る時は、莫大な時間がかかるのは当たり前。

だけど、時間をかければ良いってもんでもない。
要は本人が、本気でどうにかするという熱意を持っているかどうかだね。

これまで、精神的な重圧から10円ハゲができたり、胃潰瘍になったり、血尿が出たり。

周りからは「バカじゃないの」っていつも言われた。
でもね、人から「バカ」って思われるレベルに達して、やっと事業が成功に向き始めるんだよ。


ある程度まで頑張ったら、次は発想の転換。
固定観念に縛られず、柔軟な発想で物事を考えることが肝要だね。

「他人のせいにせずどこまで頑張ったか、そして、どれだけ大胆に発想を転換したか。
それを自問自答してください」って、いつも講演で話してますよ。


今は、多くの方から「最初は大変でしたね」と言われますが、
当時、英語ができない40男には、アメリカで豆腐を売り込む以外に、
生きる道がなかっただけ(笑)。

でもね、いつも自分を切羽詰まった状況に追い込んでいたから、
うまくいったんだと思うし、
失敗したら日本に戻ればいいという気持ちもなかった。

でないと、人間は簡単な道に逃げちゃう。


最近、『売れないモノは俺に任せろ!』という本を出しました。
サブタイトルが「成功法則58」だけど、裏を返せば58話の失敗談

それを反面教師にして読んでもらいたいね。

最後にね、私の使命は自分の経験を後世に伝えることだと思ってる。

最近の日本には、私の年代で元気のない方がたくさんいらっしゃるようだけど、
彼らには、人生や社会人生活の中で蓄積した豊富な経験と深遠な知識があるはず。

あれだけ苦しい時代を乗り越え、日本の成長の原動力となった世代なんだから。
そしてそれは、日本の国にとって貴重な財産だと思うね。

だから沈黙を守らず、「俺たちには、知識と経験を若者に伝える使命がある」
って思っていただきたい。

そうすれば、自ずと元気が出てくるはずです。


こんな私も、今になってわかったことはたくさんあります。

だけど、若い世代にこれまでの私を惜しみなく伝え、
彼らがその次の世代にまた伝えてくれれば、最高にうれしい。

そう思って、毎日頑張ってますよ。







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激太り留学生が日本の食生活で痩せた結果、修羅場に! [日本料理と和食と居酒屋]

数年前の話なんだが、アメリカからの留学生をホームステイさせてたのよ。
女の子だったんだが、それはもう見事なピザでした。

向こうの人の太り方って、なんていうか日本人とは違う感じの
太り方だなってのを初めて実感したね。


でそのピザ、名前はあまり聞かない名前だったので仮名でアンにでもしますが
最初の頃はマクドナルドばっかり食ってたんだ。

そいつはいかんと我が家の台所を預かる、優秀な弟が頑張ってピザを餌付け…
もとい日本でのよくある食事に慣れさせていった。


規則正しい生活と、正しいバランスの食生活っていうのは
身体に変な力でも付けさせるんですかね?

ピザが見る見る痩せていくんですよ。

半年ぐらいで持ってきた服は全てサイズが完全に合わなくて、
大きすぎて着られないレベルに。

ピザも自分の身体の変化にビックリですよ。

でピザ、もうピザじゃないけどピザでいいや。

このピザは何を思ったのか生まれ変わった私を見て、という事で
写真を両親にメールで送ったらしいんだわ。

これがそもそも間違いだった。


ピザがメール送ってから三日後ぐらいだったかな?

家の玄関が騒がしい、というかドアがゴンゴンと叩かれてる!

驚いて外に出てみると、いました!
顔を真っ赤にしたピザママが。

あまりにも早口だったので殆ど聞き取れなかったんだけど
「よくも私の可愛い娘を虐待してくれたな!」
とかなんとか言ってるのは聞き取れた。

そこへピザ登場、久しぶりに母親の顔を見て感激したのか
ママと叫びながら抱きつく、結果ますます勘違いするピザママ!


そこから修羅場ですよ修羅場。

「ちゃんとご飯食べさせていないのか!」とかなんとか。

ピザママは、ピザから「虐待なんかされていない」と説明されても
なかなか信じなかったりしてて、

どうにかこうにか
日本食を規則正しく食べていたらヘルシーになったことを話し続けて
なんとか落ち着いた。

信じたら信じたで、我が家の弟に
「アメリカで料理の本を出版してみないか」と
3時間にわたって交渉したりと、そりゃもう大変でした。


数日我が家でピザママが過ごした後に、去り際に彼女が親指立てながら
「日本料理って偉大ね!」って言いながら帰っていった時は和みかけたが、

それよりも、泣きじゃくるピザを慰めるのに大変でした。

数年後に、ピザママが日本料理店を経営しだしたという連絡を
ピザから貰い、その時になって初めて和んだ。


>>
結局、アンって名前はどうなったんだw

仮名付けたのに、ピザじゃねーかwww




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